ピースライブ 魂の出会い 五十嵐正史vs.よう介。芸術村のライブがCDになりました。勇造の息子ふたりが火花を散らしながら、熱く歌ったトリビュートライブ。 1000円※ピースライブ会場で販売

Peace Liveな日々

豊田勇造ライブつながりのミュージシャン、 役者のライブレポートとを載せていきます。

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五十嵐正史とソウルブラザーズ

8月29日(土) ジャズタイム・ジョニー(陸前高田)
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豊田勇造さんのファンクラブの通信で、ジョニーの名前だけは知ってはいた。蚕小屋の竹間さんがジョニーを応援している。自分なりに心してジョニーやってはきたが、仮設とはいえ、実際は何とも気持ちのいいお店だった。
天井には昔のお店の写真が貼ってある。
まだ明るいうちはソウブラの面々は、ワインを飲んだりしながらライブの打ち合わせをしている。
店の外にパイプ椅子を並べて、その上にレジャー用のテントを張ったのは共演のヒロボーズというバンド。メンバーの年齢はさまざま。地元で働きながら思い思いに音楽を続けてきた人たちばかり。音響も担当してくれていた。
肝心のお客さんは、というときちんとやってくるから不思議だ。それも若い女の子。光る棒を振っている。ソウブラ25年の歴史の中でも初めてのことでは。陸前高田を受け止めて、自分たちもしっかり受け止めてもらっていた。
ラストは大学時代はソウブラのメンバーとバンドをやっていたOさんもベースを弾き。ヒロボーズのリーダーがドラムを叩いた。この方、ジョニーやってきたベン・E・キングの後ろでドラムを叩くぐらいで、とてもいい味だしていた。
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地元陸前高田のバンド「ヒロボーズ」。お客さんをたくさん呼んでくれた。
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【東北番外編2 陸前高田・気仙沼・一ノ関】
気仙沼駅に大きなワゴン車で迎えに来てくれた水沢ライブにも来てくれたOさん。ライブ会場のジョニーに向かう前に陸前高田を案内してくれる。
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気仙沼も津波の被害はかなりのはずだが、Oさんの説明がないと気がつかない。ひと山越えて陸前高田に入ると風景は一変した。土地のかさ上げのために山を発破で切り崩し、そこから出た土をベルトコンベアづたいに海辺近くまで運んでいる。まるで巨大遊園地を建設しているようだ。だんだんと津波の被害の跡が目に入ってきた。遠くからでも見える高い鉄塔の看板の横に矢印が付いていた。ここまで津波が来たという印だ。
五十嵐正史とソウルブラザーズと出会って十数年、なんとも不思議な縁だと思った。
ここはたくさんの人が亡くなった場所だと考えたいが、眼に入ってくる風景を受け止めるだけ。団地の一番上の階だけ窓ガラスが入っていて、下の階はすべて突き破られていた。一方で新しい堤防や、建物もできてきて復興は序々に進んでいるように見えるが、説明してくれるOさんから「それって何なんだよ」という言葉が印象に残った。
ワゴン車が止まったところは、建物の区画の跡だけが残っている何もない場所。足下には、かつての風景の色あせた写真が立て札に貼ってある。
jinna_mae.jpg鳥居は鉄パイプ。
山の上にある神社に登る石段が途中、木で組んだものになっていた。流されたのだ。登りきると陸前高田市街が一望できた。ここはたくさんの人が亡くなった場所。でも想像が追いつかない。社殿の脇には、非難した人たちが暖をとった焚き火の跡がつい最近の出来ごとのように残っていた。
Oさんは、今の陸前高田を見てから五十嵐さんに歌ってほしかったと思う。
宿泊はOさんのご実家。翌朝、ご飯はどうするのかと思っていたら、何とOさんが運んできたのは、お母さんが握ってくれたおにぎりと、味噌汁。何から何までありがたい。
Oさんには「奇跡の一本松」を案内してもらった。震災遺構としてシンボル的存在だ。バス停まであった。近くまで行くにはかさ上げの盛土の間を遠回りして10分ほど歩く。たどり着くと松の木の先にある建物が水を防いだことがわかる。ユースホステルだそうだ。
気仙沼に戻り物産館で、おみやげを買っていたら、お店の女性に声をかけられた「あの、そのバッジどうしたんですか?
」。帽子に付けていたもの。「ここにもありますよ」カバンを見せると「わー、かわいい」と言ったので、2つとも差し上げてしまった。北浦和のクークーバードでひとつ20円で買ったもの。
しっかり、マグロも食べ、駅まで送ってくれたOさんに感謝。バンドにくっついてきただけの僕を案内してもらって。泊めてくれて。
ライブのない本日のメインは一ノ関にもどりビールフェスティバルだ。ソウブラの梅田ゆかりさんは、中尊寺を見学するということで一人で平泉へ。おじさんたちは雨が降ろうとも、ビールを飲みたい。
東北ライブ総合プロデューサーであるSさんRさんご夫妻の地元なので、ご案内してもらうことに。
ところで一ノ関が生んだスターといえばフォークグループ「N・S・P」なのだ。このビールフェスティバルの会場に、レコードジャケットの写真に使われた機関車があるとSさんに教えてもらったのは昨年。ソウブラはおそらくN・S・Pを通っていない。僕の高校時代に友人がさかんにコピーしていたのがN・S・Pとふきのとうで、特にN・S・Pの『夕暮れ時はさびしそう』は、うんざりするほど聞かされた。ビートルズ好きの僕には馴染めずギターも難しい楽曲ばかり。でもこうして東北をめぐると、北の人たちならではの歌だと感じる。リーダーの天野滋さんは10年前に亡くなった。一ノ関でもN・S・Pを知っている人は少ないと思う。
ビールフェスティバルの会場は、意外に広く、雨でもテントの下に空いているテーブルはなかなかない。さまようように地ビールを選ぶ。ビール会社もこんなにあるのかとびっくりした。2000円で小カップが6杯飲めて、つまみも屋台村のようにいろいろだった。
友達がやっている所沢ビールも出店したらいいのに、と思っていたら何と出ていた。
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SさんRさんご夫妻にお礼を言って、ソウブラメンバーと一ノ関の新幹線ホームで自由席のある列車待ち。通過する列車はものスゴく速い。やっと乗り込むと、五十嵐さんは狙っていたギターを置くスペースを確保し弁当を買っていた。僕はすぐに爆睡したそうだ。
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あの記事に対するコメント


NSPがヤマハで優勝した曲は「あせ」、デビュー曲は「さようなら」。この2曲こそNSP楽曲の良さなので、機会あれば聴いて下さい。「夕暮れ時は〜」はヒットねらいの路線でしたね。
【2015/09/23 20:00】 URL | スズキ #f3g/b1UA [ 編集 ] top


スズキさん、ありがとうございます。地方からヒットねらいでヒットできたのは、時代も良かったと思いますが素晴らしいです。ちなみに飯浜ゆきこさんはNSPを懐かしいとメールをもらいました。
【2015/09/25 20:33】 URL | 江上正 #- [ 編集 ] top


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豊田勇造さんをメインに浦和でPeace Liveという音楽イベントをやっています。

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