ピースライブ 魂の出会い 五十嵐正史vs.よう介。芸術村のライブがCDになりました。勇造の息子ふたりが火花を散らしながら、熱く歌ったトリビュートライブ。 1000円※ピースライブ会場で販売

Peace Liveな日々

豊田勇造ライブつながりのミュージシャン、 役者のライブレポートとを載せていきます。

2017バナー

豊田勇造ピースライブ ~江北高校,あるぽらん’89

10月30日(土) カフェギャラリー・シャイン(与野)

勇造さんを初めて迎えたのが10年前だった。10年がこんなに早く感じることは、今までない。人生とはなんと短いものか。でもこの間にたくさんの人との出会いがあった。勇造さんは60歳を越えている。ピースライブをやっていない人生を考えるとこわいものがある。
この記念すべき10周年にやってきたのが、台風だ。なんで11月を目の前にして、それもピースライブ当日にやってくるのか。例年は、ちょっと寒いくらいで、落ち着いた天候なのに。出演者にも、お客さんにも申し訳ない。
昔、吉祥寺のMANDALA2で台風が来た日にライブがあったけれど、ほぼ満員となったことがあった。ならば与野でもと思ったけれど…。
どこで知ったか初めて見る方、昔から来てほしかった人が来てくれる。台風の中、来ていただいた人には、感謝のみ。主催者としては、楽しんでいただけたと思っている。
勇造さんは、ピースライブに特別な選曲をしてくれる。僕がコンセプトを忘れて無邪気にリクエストすると「それはピースライブに合わん」と却下される始末。
「夜を重ねて」をリクエストをリクエストしたのは、「ふと気づくと十年だった」のフレーズが何かにつけギクッとするので、この機会にきちっと聞いておきたいから。「ウボンへの手紙」は、バンコクライブで聞きたかったけど、聞けなかったと、まったくピースライブにそぐわないリクエストの理由となった。
もう一曲リクエストしたかったけど、遠慮した「パクセー」をやってくれた。メロディーも歌詞も心安らぐ平和の歌だ。
打ち上げが終わる頃には、アメもやみ、風も穏やかになっていた。今年は天候にめぐまれなかった。カンチさん、五十嵐正史とソウルブラザーズでは雪。碧(よう介 & take)は猛暑。勇造さんで台風。逆によく成り立ったのでは、と思うことに。





〈ゲスト〉
飯浜ゆきこ 五十嵐仁 森田博
飯浜ゆきこさんは「ぜったいに、いいライブになります」と僕をはげましてくれた。実際その言葉どおりゲストとして素晴らしい演奏をしてくれた。
五十嵐仁さんは、僕がプレゼントしたTシャツを着てくれて、気合いの入ったパーカッションを叩いてくれた。ブランクはまったく感じさせない。飯浜さんとの息もぴったりだし、とても当日合わせたとは思えないもの。すばらしい。
前日のかけこみ亭のライブで、勇造さんに誘われた森田博さんも、急遽ギターを持ってきてくれた。もちろん勇造さんも入って全員でセッション。
このメンバーの演奏は、他では見られない。あらためて台風がうらめしい。打ち上げで、飯浜さんから、ギターの弦で作ったオブジェをプレゼントしてもらった。勇造さんの弦も使っているそうだ。ただ、ひたすらうれしい。

ピースライブ読本
もともとあったネタがボツになの、今年の夏のタイの思い出をかなりいそいで作った。それだけではもの足らず、1985年の勇造さんと、佐野元春さんの対談を載せさせてもらった。これが最初に勇造さんの名を知ったきっかけ。でも文字が小さすぎて、年齢が高い方には不評だ。

宿
今年も大宮の整体・堀本にお世話になる。勇造さんを自宅の畑でとれた野菜や果物と手料理で迎えてくれる。ここで僕がタイのおみやげとして差し上げた。箸と箸置きのセットの中の小皿が話題に。何に使うのか勇造さんもわからないという。「しょうゆの小皿じゃないですか…」実際タイでは、フォークとスプーンを使っていたから、僕もわからない。
朝食は勇造さんは、みそ汁だけ。僕はすすめられるまま、たらふく食べた。

10月31日(日)  江北高校定時制文化祭

江北高校内 控え室にて 曲を選んでいるところか

いつもの年は、ゆっくりと寝ているのだけど、この日はお昼のライブがあったので、勇造さんにしては早起きして整体・堀本を後にした。勇造さんは体調を気にしてか駅では、必ずエレベーターを使う。ちょっと風邪ぎみ。東北線から上野に出て、西日暮里に戻り、千代田線で綾瀬に
定時制高校の文化祭で歌う。昔から勇造さんと友達の内山貴夫先生が、呼んでくれた。
内山先生はソウブラの山村さんを教えていたこともある。
内山先生は、日の丸・君が代で裁判で争っている気骨のある先生だ。学校では、さぞかし肩身が狭いのではと思ったら、生徒と対等の物腰。気軽に声をかけ合う。生徒から信頼されている教師だ。
綾瀬という町は、勇造さんも、僕も初めてだ。市民じゃ~なるの発行人の長内さんは、昔この町で牛乳配達をしていたというが、住宅は少なかったとのことだ。今は住宅が多く店が少ない。近くのそば屋を教えてもらい、歩いたけど、お店の看板らしきものが少ない。
校内ではわんこそば大会をやっていた。なんならお昼ご飯は、わんこそばでも、と言っていたが、実際に見て、やっぱりそば屋に行くことに。
勇造さんは、ざるそばの特盛り。僕は十割そばの普通盛り。あとから内山先生も来た。
普段の定時制高校の出勤は午後1時。午後5時くらいから忙しくなるとのこと。ここ数年で都内の定時制高校は、数が半減しているという。昔は、働きながら勉強するための場所だったが、今は不登校など学校に行きづらい子どもの受け皿でもある。
学校に戻ると、内山先生は校長先生を紹介してくれた。生徒からだけではなく校長とも折り合い良好なのだ。
ポスターには「プロミュージシャン豊田勇造」とある。いちいちプロと断らなければわかってもらえないのかと、嫌な予感も、ステージに立つと吹っ飛んだ。
「二階のおばさん」の歌詞を変えて「内山先生は日の丸が嫌い」と歌った。
客席にあの校長先生もいる。勇造さんは、挑発しているのではなくて、人を見て歌ったと思う。「ありがとうディラン」では「リーダーには従うな、酷いところで働くな」としっかり生徒たちに届いたと思う。
お客さんは、定時制といこともあって年代はさまざま。子どもを抱いたお母さんもいる。
ほとんどの人が勇造さんを初めて見たのでは。反応させる勇造さんは、素晴らしい。
PAの兄ちゃんは、ギターの弾き方に感動していた。そしてFUJI ROCKは、若者に対して名刺代わりになるのだと知った。

あるぽらん89(阿佐ヶ谷)


楽屋から入ると、五十嵐正史とソウルブラザーズが音合わせしていた。前日、仁さんのステージが好評だったと報告。勇造さんは、途中で買ったにぎり寿司を食べだした。僕は、勇造さんのためにコーヒーをコンビニに買いに行くとコンビニに伊藤さんがいた。あの歌になった伊藤さんだ。偶然合えるとうれしい。伊藤さんも、あるぽらんにくるという。ビレッジプレスの五十嵐洋之さんに、なんと大阪から村本武さんも来た。京都から佐治夫妻も、バンコク以来だ。
ゲストはソウブラの他に永見ひとしさん。スチールギターだけどハワイアンではない。実はYUZOバンドのドラム永見潤さんのお兄さんなのだ。だけどまったく似ていない。
ソウブラのベース浅田さんは、この日も調子を出していた。客をつかんでいる。
勇造さんはラブソング特集。僕は電車の中で「俺のラブソングといえば?」と訊かれ、すかさず「アイ リメンバー ユー」と答えた。そして歌ってくれた。本当に久しぶり。
ソウブラと、永見さんに勇造さんが、全員そろったところに、阿佐ヶ谷のよっちゃんこと、吉川望さんも加わった。ハーモニカうまい。伊藤さんの前で「伊藤くん」「ガヤガヤ阿佐ヶ谷」。

怒濤の二日間というか、怒濤のライブ月間だった。これを過ぎるともう冬だ。蚕小屋が近い。






テーマ:生きるための歌 - ジャンル:音楽

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豊田勇造さんをメインに浦和でPeace Liveという音楽イベントをやっています。

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