ピースライブ 魂の出会い 五十嵐正史vs.よう介。芸術村のライブがCDになりました。勇造の息子ふたりが火花を散らしながら、熱く歌ったトリビュートライブ。 1000円※ピースライブ会場で販売

Peace Liveな日々

豊田勇造ライブつながりのミュージシャン、 役者のライブレポートとを載せていきます。

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五十嵐正史LIVE「竹内浩三を歌う」

7月21日(日) カフェみなみ(大泉学園)
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ゴジラの音楽を作った故伊福部昭と、若くして亡くなった詩人竹内浩三はまったく接点がない。しかし、練馬の大泉学園という場所で、故人を慕う熱心な信奉者が出会いの場を作ってくれた。企画はこのブログにもよくコメントを寄せてくれる鈴木しのぶさんに、パートナーの小松さんだ。
オープニングアクトの神垣守さんが、ピアノでゴジラ組曲を演奏。ピアノを始めたのは遅いという。妹がピアノを弾かなくなったことからだと、大泉学園ならではように思えた。伊福部昭は芸大の教授ということで、ゴジラの音楽は、単なるエリートが作ったとばかり思っていたが、物語は戦争と深い関わりがあった。
五十嵐正史さんが竹内浩三の詩に曲をつけた歌ばかり歌うという、すごい発想のライブだ。僕は竹内浩三の詩集を買おうとは、思ってはいたが、あまりに高価なので、躊躇して今に至っている。五十嵐さんが竹内浩三の詩に曲をつけて歌っていたのは知ってはいたが、竹内浩三という人物をそれほど意識していなかった。それは、五十嵐さん自身の言葉になっていて、曲もノスタルジックなところはなく、今の五十嵐さんの曲だったからだ。しかし、戦時色が濃くなる時期に五十嵐さんのような人がいたら確かに危ない。
竹内浩三は日大芸術学部を繰り上げ卒業で戦地に赴いている。何と、その日芸の後輩で、あるぽらんで五十嵐さんと活弁ライブを続ている無声映画弁士の片岡一郎さんが、客として来ていた。劇団乳酸菌の11月公演のチラシを差し上げると、「その時期はドイツに行ってるんです」とのことだ。その片岡一郎さんは、昨年チャップリンの映画とクラッシックの音楽家を引き連れて東北から関東にかけてツアーを敢行。そこに混じっていたのがドラマーの田中正義さんだった。田中さんは、碧(よう介 & take)のレコーディングにも参加している。その、よう介さんが、勇造の息子同士であり永遠のライバルでもある五十嵐さんのこのソロライブにやってきた(!)。豊田勇造さんを除いて他のシンガーでは、百歩ゆずっても有り得ない出来事では。2daysのエレキライブを終えたばかりのよう介さんが、凝視するのは、ゲスト出演したソウブラの森田博さんのギター。前日に購入したばかりの高価なストラトモデルを初披露。またソウブラの紅一点、梅田ゆかりさんも客席に。よう介さんは、間髪入れずに美女を讃える才能は、竹内浩三に一番欠けていたもでは。
ところで小松さんの説明によるとゴジラの伊福部昭は、戦中に北海道庁地方林課の森林事務所に勤務したという。防護服もなく木材に放射線を照射する仕事に従事していた。その地は、厚岸(あっけし)だということだ。
この日の打ち上げは、偶然にも「厚岸」という居酒屋だった。テレビでは山本太郎の当選だけが、救われるニュース。厚岸は、僕が22歳のときに各駅停車を乗り継いで、何があるのかわからないまま、足掛け三日で初めて訪れた北海道の地でもある。何かいろいろと、つながりを感じるライブだった。
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豊田勇造さんをメインに浦和でPeace Liveという音楽イベントをやっています。

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