ピースライブ 魂の出会い 五十嵐正史vs.よう介。芸術村のライブがCDになりました。勇造の息子ふたりが火花を散らしながら、熱く歌ったトリビュートライブ。 1000円※ピースライブ会場で販売

Peace Liveな日々

豊田勇造ライブつながりのミュージシャン、 役者のライブレポートとを載せていきます。

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五十嵐正史+森田博

8月28日(金) おうちカフェMIUMIU(水沢)

花巻経由で水沢へ。水沢に何があるのか、まったく知らない。ただこれから五十嵐正史さんと森田博さんのライブがあるということだけで、やってきた。この二人で思い出すのが6年前の京都でギブソンパーティーというイベントがあっときに関東から参加したのは彼らだけ。完全アウェイの中、歌いとおした。
お客さんは、地元の人たちが声がけして、平日にもかかわらず20人ぐらい。小さなスペースはいっぱいとなった。豊田勇造ファンクラブ会長の土田博夫さんも、車で2時間かけてやってきた。もちろん日本酒のおみやげをもって。今回は初めての東北。だけど何かよく知っている場所でのライブと変わらない空気。
やっぱり詩人の竹内浩三を歌ったCD『ひたぶるにただ』を作ってから、聞く人もちょっと変わってきた。宮沢賢治が好きだったという竹内浩三が、五十嵐正史という歌うたいを東北に導いたと思う。きっと23歳で戦死した竹内浩三も東北に行きたかったはず。おしゃれなカフェに『放尿』とは。しかしみんな聞き入ってくれていた。ソウブラ二人バージョンをあらためて聞くと竹内浩三の詩にからむような森田さんのギターもすごく耳にのこった。
水沢駅のたくさんの南部鉄器の風鈴は夜も心地よく鳴っていた。確かにどこかで聞いたことがある音色だ。思い出したのが10年前に花房徹さんを初めて見た舞台のラストシーンには、たくさんの風鈴が天井から吊るさて幻想的だった。
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【東北ライブ番外編1 花巻〜水沢】
東北は今回で三度めだ。人の縁で行った去年と、今回の東北はいつまでも忘れることはないと思う。きっかけは僕の知らないところでだった。
五十嵐さんと大学でバンド仲間だったOさんは震災ボランティアとして被害が大きかった陸前高田でした。その経験を講演するために東京にきていた。そこでゲストとして演奏したのがソウブラだった。Oさんが講師だとは知らなかった五十嵐さんは20年ぶりの再会に感激して、そのあとOさんと9時間も飲み続けたという。五十嵐さんは、この時のことを『再会の夜に』という歌にしている。
そのOさんが、五十嵐さんにソウブラの東北でのライブをもちかけた。会場は陸前高田のジョニーだという。そして五十嵐さんは毎年関西ライブに同行する僕も誘ってくれた。去年僕が行くつもりで行けなかったジョニーだけに、とても興味があるし、実は震災の被害があった場所にはまだ行ってなかったのだ。僕も一度、その場所で空気を吸いたい。
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僕にとって東北の入り口は花巻なのだ。去年、大宮駅の東口に、花巻行きのバス停を見つけ、どうしてもこれに乗って花巻に行ってみたいと思った。新幹線の往復は味気ない。バスの乗り心地ははっきり言って悪い方だ。しかし途中で酒を飲みたいとも思わないので、すっきりとした体で朝の花巻駅前に下りられるのだ。
そして花巻ではもう一度行ってみたい場所がある。それが宮沢賢治の詩碑の近くにある桜地人館だ。
去年、東北に行く直前に、与野のカフェギャラリー・シャインでライブをお願いしていた花房徹さんが亡くなり、落ち込んだまま花巻に来たものの「旅行なんかしていていいのだろうか」という後ろめたさを抱えていた。
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そんな僕の気持ちを晴らしてくれたのが、喫茶店かと思って立ち寄った建物だった。桜地人館は宮沢賢治の主治医であった佐藤隆房が建てた私設の美術館だ。展示されている作品は少ない。宮沢賢治の資料や初版本の他に高村光太郎の書と彫刻、萬鉄五郎の油彩、舟越保武の彫刻。昨年と何も変わりなかった。この四人の作家がいる小さな空間に壮大な宇宙を感じる。
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働いている人は女性ひとり。昨年もいた人だ。僕の帽子をきっと覚えていてくれると思って、おみやげのお茶菓子を差し上げた。「いつ頃でしたか?」聞かれてしまった。しかし事務室の中に入れてもらいお茶を出してもらった。
この女性はてっきり佐藤隆房の親族だと思っていたが、そうではなかった。大阪の方でもう八年勤められていて、ここで働くそうだ。僕が埼玉から来たというと、息子さんが越谷にいるとのこと。手描きの花巻の地図きこの方の作。きれいで、市が作ったものよりとてもわかりやすい。実は花巻についてから、すぐに目指したのは「イギリス海岸」だ。徒歩で1時間ほど。しかし水量が多くて岩場はまったく見えなかった。いつでも見えるとばかり思っていたので、残念だった。このことを話すと、上流に大きな堰ができてからイギリス海岸の岩場は滅多に見られなくなったそうだ。9月21日の賢治祭には、国土交通省が水量を調節するので見られるそうだ。
しまったお名前を聞くのをわすれた。
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桜地人館をあとにした僕は、次に手画きの地図に載っている、滝田さんという床屋さんを目指した。2にギャラリーがあって誰でも自由に見られるという。
行ってみるとふつうの小さな床屋だった。『ご自由にどうぞ』と入り口に書いてあるが、「こんにちは」と声をかけると隣の家のおばあさんが出てきて、お店にいた滝田さんを呼んでくれた。床屋の方は、客がいないので、2階の『画廊たきた』に案内してくれた。玄関で靴をぬぎ、階段を上がると6畳ほどの洋間二部屋に30点ほど。宮沢賢治の文学をテーマに描かれている。
滝田恒男さんは一九四一年、花巻生まれ。お父さんの代から花巻で床屋を営んでいる。小ざっぱりしたおじいさん。
作品はこれがすべてだと思ったら、一九七七年から三千点ほど描いていて、もちろん今も描き続けている。手漉きの和紙に水彩。紙にこだわりがあるようで、それも成島和紙という薬品を一切使っていない北限の手漉きの紙にしか描かない。よく見ると作風は少しずつ変わっている。イラストレーションのようなものもあれば、文字が入った版画のようなものもある。一点一点味わい深い作品ばかりだ。この人自身が絵の中にいるような人なのだ。
床屋の方も見せてもらった。二席だ。写真でしか見たことがないような趣のある店内。よく見るといろいろな物が置いてある。古い曲げ木のスキーや、お湯を入れるスチームアイロン… どれもお客さんが持ってきてくれたもので、ところ狭しと店の外まで置いてある。
花巻じゃないと出会えない人に会えたような気がした。次来るときは、ここにもおみやげを持って訪ねよう。
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そろそろ昼近いので、花巻駅近くのソバ屋をめざした。ここも桜地人館の地図に載っている店。「賢治セット」をどうしても食べてみたい。一体どんなセットかというと、天ぷらそばとサイダーという何ほどのものでもない。味はわかっているし、そんな組み合わせで腹をこわさないかとも頭をよぎる。しかしそれを食べたくなるのが花巻という土地だ。
やぶ屋は大正十二年創業の老舗。店も厨房も広い。でも賢治が生きていた頃には、賢治セットはなかっただろう。「写真を撮っていいですか」と訊くと、「そういう方、多いですよ」と言われた。周囲を見渡すとサイダーの瓶は僕のところぐらい。地元の人はもっと高そうなメニューを食べていた。
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パピー。花巻農業高校でつくられている。
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翌朝、一ノ関の旧家にて。



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豊田勇造さんをメインに浦和でPeace Liveという音楽イベントをやっています。

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