ピースライブ 魂の出会い 五十嵐正史vs.よう介。芸術村のライブがCDになりました。勇造の息子ふたりが火花を散らしながら、熱く歌ったトリビュートライブ。 1000円※ピースライブ会場で販売

Peace Liveな日々

豊田勇造ライブつながりのミュージシャン、 役者のライブレポートとを載せていきます。

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円盤レコード寄席

10月20日(金) 居酒屋ちどり(北浦和)

久しぶりの田口史人さんのトーク。今回のテーマは販促用に無料で配ったレコード。タダでレコードやソノシートを配ってモノが売れた時代があった。その背景に思いを寄せると面白い。
トークが始まる前に買った「創作」という本が衝撃的で、ずっとその余韻で酒を飲んだ。誰が書いたかわからない手書きの日記を本にしてしまった。こんな本の作り方があることにも感心したが、それに反応して活字にしてしまうこともズゴイ。読んでみると 自分と重なる部分があった。1970年代に二十代だった人のものだ。僕は数日前に鍼治療で背中のこりを直してもらおうとしたら、20年以上積み重なったストレスが原因で、とても1回の施術で無理だと言われてしまった。この日記に書かれている日々、負けている人生の積み重ねが、僕が背負ったストレスと重なった。



田口史人『円盤レコード寄席』

3月1日(火) クークーバード(北浦和)
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残念ながらクークーバードのカウントダウンが始まった。そこで急きょ決まったのが田口史人さんの「円盤レコード寄席」だ。過去に音楽専門誌で作った日本のロックベスト盤のチャートが特定のミュージシャンの人脈に偏っていることに違和感を覚えて田口さん自らが選んだ日本のロック名盤ベスト50。はじめにそのリストをもらって、きっとサビだけを流すんだとばかり、思っていたら一曲一曲しっかり聞かせる。平日にもかかわらず「今日は日をまたぐ」とクークー最後のレコード寄席に半端じゃない気合いで臨んでいる。こんな人がいたのか。こんなレコードが作られていたのかとため息がでてくる。寺内タケシが何枚かでてきた。よくぞこれだけのレコードを聞き続ける忍耐と時間と財力があるものだと感心するばかり。12時過ぎた時点でリストの3分の1ぐらいだった。シンセの音をバックに般若心経が聞こえるアルバムがててきたところで、最後まで残るつもりだった覚悟も萎えた。
クークーバードがなかったら出会えなかったレコードには変わりない。

田口史人「円盤レコード寄席」

1月19日(火) クークーバード(北浦和)
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不意に日本ラドンセンターの歌を聞けた。日本ラドンセンターは東松山市松山町って蚕小屋の近くだ。取り壊しになっていたけどレコードは残っていた。なんでここで出会うのか。
メジャーのレコード会社、中小のレコード会社は、ヒットを狙う以外にもある仕事があった。有名な歌手は、自分の歌を歌うほかに別の仕事があった。会社は消えてもレコードは日本のどこかで残っていた。そこから見えるものは、知らなければしらないですむことだけど、知ってしまうと面白い。北浦和で異次元空間を旅したような夜。


田口史人『円盤レコード寄席』

10月26日(月) クークーバード(北浦和)
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今回のレコード寄席をとても楽しみにしていた。前回買ったアメリカのB級映画の予告編集が面白くて、1ヶ月ぐらい毎日見てしまった。劇団乳酸菌のショートムービーを作るのにすごく刺激を受けた。その続編が見たい。
クークーバードに貼ってあったチラシを見るとパッと見て「宇宙船」? よく見ると古い漁船の写真だった。
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その前に『円盤』というお店をやっている田口さんとは、どんな人なのか? 毎回レコードをかけながら面白い話をする人だから、きっと中古レコード屋さんだろうと思っていた。それにしてもエッセイといっしょに聞いたレコードをCDにして売ると、かんじんのレコードが売れないのでは。大量に買うのはレコードだけではなくて、昔はどの家にもあったポータブルプレーヤーも大量に買い込んだりしている。
『円盤』にはまだ行ったことがないが、自主制作のCDなどを売っているらしい。
今回のデーマ、『直島ミュージックスタジオ』とは何か。それよりもB級映画の予告編集のことが気になっていた。その中の本編がアメリカのサイトでメールアドレスとパスワードを登録すると見られるとことがわかったが、見なかった。『市民ケーン』をDVDやYoutubeで見て感動できるだろうか。願わくば上映当時の場末の映画館で見てみたい。その点レコードは実体があるしタイムカプセルでもある。田口さんはマニアックなレコード蒐集家と思っていたが、人が好きなのだなと思った。
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ちょうど『レコードと暮らし』という本を書いたばかりで、この本が実に人間としてまっとうというか、現代社会への警鐘とも思えるいい内容だった。いろいろなレコードのエピソードが書かれているが、その中には堂々と想像で書いていることを公言している。そうせざるを得ないのが一枚のレコードなのだ。
『直島ミュージックスタジオ』はレコード探しの旅で出会ったという。あの村木賢吉さんの『おやじの海』は、一本のギターで歌われたものだった。仰々しい伴奏のレコードの元になったものだが、まったく違う手作りの良さがプロ、アマの境目を意味のないものにしてしまう。このギターがどこのメーカーだとか知りたいとも思わない。演歌ともフォークともいえない生活匂のいがある。作詞、作曲の佐儀達夫さんと村木賢吉さんは職場の同僚。漁師のつらい生活を歌にして、有線放送に送っていた。そこから少しずつ地域から広まって全国的にヒットした。勇造さんが叶わなかったことだ。
『直島ミュージックスタジオ作品集』には、この他に『父を待つ子』という歌に聴いていると涙がじわっとあふれてくる。ライナーを読むと『直島』のことを書籍化すべきだと思ったが、やはり普段のレコードを探す旅がベースにあってのことだと思った。
そういうわけで、僕の今のアイドルは村木賢吉さんだ。ただ田口さんが年下だということだけがショック。

田口史人「円盤レコード寄席〜ムードコーラス特集」

3月24日(水) クークーバード(北浦和)

アナログレコード店「円盤」の店主、田口史人さんのトーク。自宅から歩いてクークーバードへ。テーマがデーマだけに客は男ばかり。僕はムードコーラスは日本の宝だと思っている。
ムードコーラスといえば、まず思いうかぶのがクールファイブ。
しかし田口史人さんがかけたクールファイブのレコードは、ライブ盤でショッキング・ブルーの『ヴィーナス』。
ヒット曲を作るセオリーもシステムもないまま自由な発想と確かな演奏力が育まれた理由は、高度経済成長の時代の大きなクラブにあったという。ハワイアンからラテンへのグラデーションの中で、出てきては消えていったムードコーラスのミュージシャン。今の時代、ムードコーラスグループは存在しえないのか。

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豊田勇造さんをメインに浦和でPeace Liveという音楽イベントをやっています。

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