ピースライブ 魂の出会い 五十嵐正史vs.よう介。芸術村のライブがCDになりました。勇造の息子ふたりが火花を散らしながら、熱く歌ったトリビュートライブ。 1000円※ピースライブ会場で販売

Peace Liveな日々

豊田勇造ライブつながりのミュージシャン、 役者のライブレポートとを載せていきます。


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ちくわ朋彦・甲斐哲郎・ぜち

11月12日(土) 居酒屋ちどり(北浦和)

久しぶりのちくわさん。恵比寿様のような帽子に黒の丸メガネで、照屋林助さんのようだ。ふつうに歌うのかなと思っていたら何と好きなマンガを語るでトークの時間があるという。そのためいつもよりオープンが早い。
甲斐哲朗さんはクークーバードでも名前だけは知っていたけど、聞くのは初めて。そしてなぞのシンガーぜちさん。北九州の人だ。北九州と聞いてわくわくした。以前もちくわさんは北九州の藤井邦夫さんというシンガーを連れてきたことがある。今でも耳に残っている独特の歌、ギター。お客さんといえば、クークーバードの常連ばかり。平成生まれのマスターの千鳥くんは忙しくなると思って、臨時のヘルパーを頼んでいる。あまり忙しくならないようだけど、嫌な顔一つせず。ここでは僕が最年長だと落ち込んだところにやってきたリンダさん。もう一人先輩。
ちくわさんと甲斐さんでひとしきり歌って休憩。甲斐さんは吟遊詩人のような空気を漂わせている。
トークコーナーで持ち寄ったマンガは知らないものばかり。普段マンガを読まないので仕方ない。やっと出たと思ったら山田花子。『カムイ伝』を読んでいる人、少ない。世代差を感じた。
最近、ちどりでは「神亀」を置いている。僕にはとてもうれしいこと。
ぜちさんの歌。やっぱり北九州。政治倫理条例銀座だ。いかがわしい中でも飄々と生きている。福岡、博多との違いが何となく感じることができる。「ぜち」という名の由来は傑作だった。これはライブで本人から聞いてほしい。ライブ後、いつの間にか僕のイラストを描いている。全編マンガのフリーペーパーまで作っている。北九州の線。細かいけど図太い神経を感じた。一冊いただく。
ちくわさん、居酒屋ちどりになっても歌ったのは『クークーバードの鳴く夜は』。
「教育の貧困2016」コンサートではスタッフが少なくて音響まで担当の予定。「五十嵐さんたちが一番難しいですよ」というので「適当でいいですよ」と言ってしまった。
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甲斐哲郎さん
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ぜちさん
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ぜちさんが描いた僕。



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モンロー

5月7日(月) マンダラ2(吉祥寺)

この日、一ノ倉を升に載せたグラスになみなみと注いでくれたのは、スタッフの柊平くん。僕はピースライブ読本を作るために吉祥寺に頻繁に来ている。でんわで済ますこともできることだが、本気を見せなければ。そんな折りMANDA-LA2にモンローが出演することを知った。あるぽらんの忘年会のためのバンドが、ソウブラに取って代わり、劇団チャリカルキのゲストを務め、今MANDA-LA2のスポットライトを浴びようとしている。客席にはあるぽらんの常連。ソウブラの梅田さんもやってきた。マン2的にはとてもありがたいはず。優秀なバンドということだ。
「今日は1曲たりとも歌いませんよ」という前田悠平さんののろしともに演奏は始まった。次々に展開する阿佐ヶ谷アイリッシュ民謡は、瞬間的に展開して、前の曲がどんなだったか思い出せない。
どこへ出ようと唯一無比。ライバルがいない分、いろいろな場所に出られると思う。次はバーベキューパーティに呼ばれているというとだった。ピアニカのライオンさんが熊本の地震で帰省していたのが残念。

佐藤GWAN博 ゲスト・ロケットマツ

4月30日(土) ラ・カーニャ(下北沢)

地下のラ・カーニャに降りる途中にポスターがたくさん貼ってある。その中に東京乾電池の「40th」という芝居があった。40周年なんだ。芝居仲間でもあるGWANさんも最初のLP『青空』を出して40周年ということだ。僕が東松山の蚕小屋で初めてGWANさんを聞いたのは26年ぶりに録音した『星空』を出したばかりの頃。11年前に亡くなった高田渡さんも参加している。我を振り返ると単純な計算が合うことにため息とうれしさでハイボールをあおる。
ゲストのロケットマツさんのピアノは、クラッシックでもジャズでもなく。歌とちょうどいい距離をおく音色。ピアニカはぶっとんでいたけど。
「ブラザー軒、なくなったんですね」と『ブラザー軒』を歌う。ついぞ作者本人から聞くことのなかったこの歌は、いろんな人が歌ってもGWANさんが歌うのが一番いいと僕は思う。
休憩をはさんで朗読。きなくさい時代なのでと向田邦子の『父の詫び状』だった。GWANさんの朗読にはひき込まれる。東京大空襲の悲惨さより僕は無性にさつまいもの天ぷらが食べたくなった。
僕の母は東京大空襲のとき、浦和から東京の真っ赤な空をぼうぜんと見ていたそうだ。その浦和には軍需工場があったので、空襲される予定だったそうだが、天候のせいで、まぬがれたらしい。もし浦和に空襲があったら、僕は生まれていなかったかも知れない。空襲を受けたのは熊谷だった。
『赤ん坊殺しのマリー・ファーラー』は弾き語りという演劇。裁判の傍聴記録をシナリオに歌にしてしまった。ブレヒトが聞いたら、きっとびっくりすると思う。
『あさりら』を聞いているとコーラスを付けるのは、GWANさんの追っかけの女性。どこにいるか思ったら、僕のすぐ近くの席だった。
最後は『あんた』。70を過ぎても「女が、女が」と歌ってる。この境地を目標に生きていこう。それにしても、役者の花房青也。こういう時こそ聞きに来いや! お父さんはいたような… ブラザー軒のように。
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のろ40周年コンサート改めNoro: 40 Yearsand Beyond

3月19日(土) 武蔵野公会堂(吉祥寺)
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スタッフでも何でもない僕は出演者と早い時間からバックステージにいた。リハーサルを聞いていると聞き覚えのあるイントロが。加藤さんのオリジナル『金色オレンジ』だった。動画に使わせてもらう条件でCDをいただいた。黄昏れる吉祥寺にぴったりの歌が、天使の歌声で。natumegさんが歌うと「うわー、スゲー歌詞」の歌がこんなにさわやかになるとは。
加藤さん一押しのミュージシャンはソウブラの名前をあげていた。だからこのコンサートは五十嵐正史とソウルブラザーズに、ずっとイメージしていたライトを浴びて『夜のプール』を歌う飯浜ゆきこさん(大阪からファンがやってきた)。見たかったとおりの絵となった。ここはピースライブ派でもっていくはず(そんなこと考えているのはお前だけだぞ!)ところがライバルは常に存在するものだ。のろでよくお会いする持田浩嗣さん、サルーキ=、そして会場をいっそう華やかにしたnatumegとみんなすごい。ここに碧(よう介 & take)いたら、すごいことになった。
旧いのろの重圧をふりきった瞬間。加藤さんにはあと20年がんばってもらおう。
ビレッジプレスの五十嵐さんが『雲遊天下』の最新号を持ってきた。僕とソウブラの五十嵐さんが書いている。と思ったら白石孝さんまで書いていたとは。こちらはしっかりピースライブ派を形成。ロビーで五十嵐さんと中南米マガジンの金安顕一さんとの遭遇も面白い瞬間だった。
打ち上げは、のろとスタッフは近くの中華へ。僕は猛烈に眠くなった。
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豊田勇造 オープニング・ちくましげる

12月5日(土) 竹間家蚕小屋(東松山)
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ピースライブにもやってきた鴻巣の「いなほ保育園」軍団が陣取るのは畳の上。土浦から『米』のセッションのためにやってきた稲穂ちゃんとハーモニカの風太くんの兄妹。父のこうたろうさん、叔父の家田さんと一年ぶりに見る顔。丸木美術館の万年山越子さんは僕の帽子を見るときまって「オッケーよ」と言ってくれる。さいたま市のピースライブに来てくれた女性は、いよいよ追っかけとなってしまった。独酔舎さんはJ200を見るなり「キムラが直したんですよ」。やっぱりすごい人だ。勇造さんは「重い」というJ200で歌ってほしいのはやっぱり『ギブソンJ200』。そして『キターが友達』も歌ってくれた。
『酒こわい』でトラブル発生。勇造さんはちくまさんのことを「さくま」さんと呼んでいたので、ちくまさんはステージに出るにでられず。
蚕小屋での『花の都ペシャワール』が僕は一番かっこいいと思う。そして会場が一つになる『さあ、もういっぺん』も。
ちくまさんのお宅での打ち上げは鴻巣の古式マッサージの先生がタイの家庭料理をたくさん作ってきてくれた。
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豊田勇造さんをメインに浦和でPeace Liveという音楽イベントをやっています。

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